ナチ外交官の肖像

新ドイツ大使*1が訪問した。彼はモスコウから転任になったので、ポリクロニアーズからわれわれの噂を聞いたらしい。非常に長身で額ははげ上がり、斧の形をした顔という典型的なユンケル*2である。したがって例の大声を期待した私は、彼の女性的な握手と、調子の高い、やさしい声とに驚いた。典型的プロシャ方式によって、彼はまずドイツ大使館のクノールをヂャパン・アドヴァタイザアに差し向け、ドイツに関する記事のあるものの調子が気に入らないから変えろといわせた。フライシャアは事実、用心深くヒットラー主義に関する論評はすべて避けていた。東京の、どっちかといえばぎっしり詰まった外国人社会のドイツ分子が、喧嘩騒ぎを引きおこすことをこのまなかったからである。そして彼は単に新聞電報だけを発表していたのだが、それらの記事は必ずしもヒットラーにお世辞がよくはない。フライシャアがクノールに向かって、もしアドヴァタイザアが調子を変えなかったら大使はどうするつもりかと聞いたら、大使はベルリンに報告するだろうとの答えだった。恐怖すべき脅迫である。

ウイルフレッド・フライシャアの話のよると、彼がこのことを父親に話し、あなただったらどうすると聞いたら、老フライシャアは、俺ならクノールを部屋から放りだすよと答えたそうだ。新任の外交官主席夫人はすべてアドヴァタイザアのエスサア・クレーンに最初の会見談をするのだが、ドイツ大使夫人は「われわれドイツ人は外国人の心理に対して異常に敏感だから」すぐ日本人を理解するようになると思うといったそうである。悲しいかな、これがドイツ人の最大弱点であることは、この前の大戦の時、彼らがベルギー人の、英国人の、そして最後に米国人の心理を見そこなったことでよくわかる。皇太子の御誕生に際して各国の大使や公使が「日日新聞」に与えた言葉の中で、ドイツ大使は「皇太子殿下御誕生のことを聞いて自分は心からお祝いを述べたい。自分の着任早々のことであり。自分はこれを自分の個人的名誉と考える」といったと引用してある。皇后陛下が彼をかくまで懇切に歓迎されたのは、誠に御親切なことである。

*1:訳注:フォン・ディクルセン

*2:Junker(ユンカー)。ドイツ東エルベ地方の大農場を経営する領主貴族の呼称。プロイセンの軍人や官僚が多くこの階層から出た。保守的で自由主義的改革に反対し、ドイツ軍国主義の温床となった。