電光はためく 歴史をつくった二通の電報

ワシントン国務長官宛 第三六号

一九三六年二月二六日午前十時

今早暁、軍は政府と市の一部を占領し、高官数名を暗殺したと伝えられる。いまだ何事をも確かめること不可能。新聞特派員は外国に電報することも電話することも許されない。

この電報はわれらの暗号電報が送信さるるや否やを確かめるため、主として試験のために送るものなり。暗号室は受信の上は直ちに報告されたし。

ワシントン国務長官宛 至急報 第三七号

一九三六年二月二六日正午

第一部

当大使館第三六号二月二六日午前十時。

(一)全首相斉藤提督、前枢密院議長牧野伯爵、侍従長鈴木提督、教育総監渡邊将軍が暗殺されたことはほぼ確実である。高橋蔵相と警視総監は負傷したといわれる。

(二)軍は政府の行政官庁と宮城を含む地区をめぐって非常警戒線を張り、軍のパスなくば入ることを許さず。行政官庁との電話も停止された。株式取引所閉鎖さる。

第二部

(三)いま岡田首相、後藤内相、前陸相林も暗殺され、蔵相高橋は怪我のため死去せりとの情報入る。なお大使館はこれらの噂のいずれも確かめること出来ず。

(四)大使館の知る限り、いままでのところ混乱も市街戦も起っていない。蜂起に参加した軍隊は完全に規律を守っているらしく、市民の日常生活には干渉していない。しかし大使館はこの蜂起の性質と蓋然的結果がよく判明するまで、問い合わせてくる館員に自宅にとどまっていることをすすめている。この事件には反外国事情は全然含まれていないらしい。

第三部

(五)今朝兵士の群が主要新聞社のそれぞれに謄写版刷の声明書を残していった。声明書は現政府が日本の真精神から離脱しつつあり、天皇の大権を侵したと申立てている。その証拠として声明書はロンドン海軍条約の調印と眞崎将軍の免職をあげている。UPの翻訳によると声明書は漠然とした表現で以下のように続く。「もしかかる状態の継続がゆるされるならば、日本の対中国、ソ連、英国、米国関係は"爆発的性質"を帯びるに至るだろう。」声明書は在京歩兵第三連隊の野中、安藤両大尉が署名している。この声明書をくばった兵隊の言によると別の声明書が今晩五時に出され、その時には「新しい国法」が宣布されるそうである。当大使館への通報者は憲法上の大権のあるものが停止されていることと信じている。彼は現状をキューババティスタ・クーデタに擬した。

第四部(釈義)

(六)当大使館が確かめ得た範囲では、この蜂起は陸軍内部の若いファシスト分子が工作したクーデタの性質を持っており、天皇の顧問である老臣の全部を壊滅して、いわゆる「昭和維新」を生ぜしめることを目的としている。何人かが天皇に近づき、軍の反乱分子の計画に干渉する勅令を得ることを防ぐためであろうが、天皇自身は明らかに宮城内で交通隔離されている。この蜂起の直接原因は、陸軍内のファシスト分子を刺激した永田将軍の謀殺者相沢の裁判と、自由主義者的な候補者を予期に反して多数当選させた先ごろの選挙とであるらしい。最終の情報は海相大角提督が首相代理になったことと、眞崎将軍がこの事件の指導精神であったことを伝えている。この運動は最後的細部に至るまで前もって完全に組織されたものらしく見受けられる。(釈義終り)

(七)当大使館はただいま相当信頼すべき筋から牧野伯爵が安全であることを知った。

グルー