岡田首相は如何にして暗殺をまぬかれたか

岡田首相が逃れたことに関する真相は、ほぼ確実にわかってきた。二月廿六日の早朝、首相官邸の警鈴が鳴りひびき(四年ほど前、当時首相だった斎藤子爵がアリスと私を招いた時にもこれが鳴り、われわれが暗殺されたという噂が伝わった)岡田提督は時計を見て同室に寝ていた義弟の松尾に、「いよいよ最後の時がきたが、俺は寝巻きでは死なない」といった。松尾は「あなたの命は貴重だ。死んではいけない」と答え、岡田が着物を着替えている間に階下へ下りて庭へ出「万歳」を叫んだ。そこで彼は早朝の薄暗い光線で岡田と見あやまられ、追われて殺されたのである。

官邸の入口では五人の警官が射殺され、一人が負傷した。岡田は召使の部屋へ押し込まれ、戸棚に入れられた。彼は翌日の夜まで戸棚に入っていたが、松尾の死骸がはこび出される時、変装して他の葬送者と一緒に、何のことはない歩いて出てきたのである。私は松尾こそ二・二六事件の本当の英雄だといいたい。彼らが護衛する人々を保護しようとして死んだ勇敢な、忠誠な計難は多数いるが、いわば職務を履行したのである。しかし松尾の行為は、まったく自発的の愛他主義だったからである。