日本における事態はまことに重大である

以下は警視庁の一員が、大使館員の一人に話したことである。この男は平素お天気のことしかいわないので、この場合における意見は意が深い。

日本における事態はまことに重大である。表面的には平穏無事だが、その底には民衆間の大不満がよこたわっている。人が集まると彼らの頭脳は働きはじめ、彼らの難問題を解決し、それらからぬけ出そうと試みる。われわれはしょっちゅう、各種の人々の群が何かたくらんでいるという報告を受取る。われわれは彼らを手入れし、書類を押収し、少数の物を逮捕して事件の起るのを押さえることにつとめる。しかし、いつ、何か大変なことが起るかは分からない。いまでも起るかも知れない。陸軍の少壮仕官は手に余る。彼らは何がなさるべきかについて、自分たちだけの考えを持っている。日本中不平分子ばかりだ。

内閣については−斎藤子爵*1は正直な人で、閣員中には日本のために全力をつくそうとしている人も(子爵のほかに)若干いることはいる。だが、この他の多くは舊態依然たる政治屋で、彼ら自信とその政党のためにのみ働いている。県知事に関する面倒を見て御覧なさい。あの安達*2という男は、お国のためになることは何もしない。自分だけの政治陰謀をたくらむ老政治屋以外の何者でもない。

多数の人々が集まり、正直な主義主張に基づく新党を導き、また構成し得る人を見出そうとしているが、このような人を発見することは困難であり、私の知る限り、この企画は大して進行していない。

しかり、私はまだまだこれ以上の暗殺があるものと考える。民衆が今のような気持でいる以上、暗殺を予防することは非常に難しい。

政治屋どもは全公官吏の俸給をへらして、政府のために金を浮かせることを喋々しているが、同時に彼らはまったく不用の位置に友人達をつけている。各省の政務次官がそれである。これらの次官はなにもすることがない。民衆はこんなことを知っているので、ひどく腹を立てている。

*1:斎藤実子爵。海軍大将。前職は朝鮮総督。五・十五事件で暗殺された犬養首相の後任首相。二・二六事件で暗殺される。

*2:安達健蔵氏のことと思われる。同年の衆議院選挙前に国民同盟を結成。1932年6月当時68歳