嵐の前の平穏

一般的政治情勢を観測する。
(一)廣田は誠実に対外関係改善に全力をつくしている。彼は主として軍部を比較的静かにさせ、また新聞に鎮静的影響を及ぼすことによって、合衆国との間によき雰囲気をつくることに成功しつつある。英国との関係は、インドとの協商成立によってよくなったが、多くの経済的商業的障碍が変動を起す可能性はある。中国との関係がよくなった例証はない。この方の指導者を買収しようとする努力は行われているらしく、早晩北支が満州国に合体されるか、あるいは自治権のある緩衝国になるということが、一般に信じられている。ソ連との関係はこの上もなく不良である。というのは、東支鉄道買収の交渉を再開しようという企てがあるにもかかわらず、ソ連新聞の怒喝と日本新聞のそれに対する反動とは、まったく明けっぱなしに辛辣で挑戦的である。終極的に衝突が起る危険は常に存在する。国際連盟を脱退したドイツは、もう満州国に色目をつかい出した。

(ニ)各政党は議会で政府を詰問しているが、これは長い間彼らがあえてしなかったことである。これは政党側の権力と自身が増加していることと、国全体として巨大な陸海軍の支出に愛想をつかしていると信じられていることを示す。しかし政党はやり過ぎの危険を冒しているので、すでに憤慨の反響をあげ始めた陸海軍少壮士官によるテロ活動の再開を招来しつつある。

(三)荒木が陸軍大臣を辞職したことは、自由主義者と政党の勝利を意味するものと一般的に感じられており今までよりは公然とサーベルを鳴らすことがすくなくなるだろうと思われる。だが林は未知の人である。浅き瀬にこそ仇浪は立てで、彼は寡言で不動で烈しい。陸軍もまた海軍も、彼らが狙う大きな経費を獲得し続けるためには戦争心理を培養しなくてはならぬ。

(四)もし一般政治情勢に本当の改善がありとすれば、それは多分、嵐の前の平穏を示すものであろう。一九三五年の海軍会議で何が起るにせよ、そもそもそれが開かれるかどうか、また何らかの協定に達するかどうかわからぬとしても、それは日本を「劣等国」として置くのだという声高い怒号をもって、不可避的に日米関係を、同時により低い程度ではあるが日英関係を、多かれすくなかれ、緊迫状態に置くことだろう。このような破裂はやがて鎮まるだろうが、それは口を開けた傷ではなくとも、もう一つの傷痕を残す、この嵐を前にして、友好的雰囲気を築こうとする努力は、ひとつひとつが建設的事業である。

(五)日本は合衆国が近き将来、満州国を承認するとは期待していない。彼はわが政策を知っているので、それを繰返して不必要に新らしい反感をかき立てることはない。米国は無言のうちにその立場を維持することによって、何の道義・節操を犠牲にもしないのだ。