荒木辞職す−林これに続く
今日、荒木将軍は陸軍大臣を辞職した。私は、このことを解釈しようとして多数の人と話し合い、国務省宛に長い電報の草案にかかったが、発電は二十三日になった。人はAからZに至り、白から黒に至るまでの解釈を代表者に必要とするが、荒木の回復がどのくらい長くかかるかわからない。だが私は、荒木を追い出そうとした人が、この好機をよろこんで捕らえたことと思う。某がいったように「荒木はしゃべり過ぎた」のである。彼は確かにあまりしゃべり過ぎ、書き過ぎ、全世界の前に軍事的侵略主義の象徴であった。相当確実な筋から聞いたのだが、民政党の若槻と政友会の鈴木は不正事件を用意し、議会で大臣に質問して陸軍をひどく当惑させると脅しつけ、荒木辞職すれば差控えることに同意したそうである。
陸軍部内でも、荒木は若手の間にひどく人気があるわけではない。妙なことだが、青年将校は荒木が穏和すぎて彼らの意見に適するには力が足りないと思っているし、彼は親切な人間で深深を昇進させるために老人を退職させることをしないし、また彼らは荒木が閣内で妥協しすぎだと信じている。事実荒木は自由主義者宇垣と若いカンカンの盲目的愛国論者との真中に立っている。後継者林将軍は、参謀将校の指導者というよりも、むしろ軍隊の指揮官である。彼は沈黙の人だという評判をもっているが、冷静で冷酷で、我儘で衝動的であり、一九三一年幣原の反対にそむいて朝鮮から満洲に、自己の責任において軍を動かしたように、素早く決心することが出来る。噂話によると彼は、軍隊は政治から遠ざかり、自分のやることをしっかりやっていればいいので、演説、とくに煽動的な演説などはすべきでないと考えているそうである。それで観察者の多数は、彼の就任が日本の対外関係をよくする前兆だろうと見ている。だがこの就任は、有り得べき戦争への準備の確然たる第一歩だと見る者もある。彼は軍隊の指揮官であり、調和的でなく、荒木にくらべて妥協する可能性がすくないからである。私は国務省への電報で、これら各種各様の要素と意見とを論じ、現在のところ私は、林の就任が、政治情勢と日本の対外関係にいい影響を与える分が多いと思うが、次期議会の討論は、これに関して教えるところがあるだろうといった。