大使館員への訓示

十時、参事官、書記官、陸海両武官、彼らの助手、二名の領事の参集を求めて、次のことを話した。自分はこの一群がこの上もなく力を合わせて働くことを望み、彼らの誰に対しても私の部屋の扉は開放されている、そして彼らは私の役に立つと思う報道なり意見なり示唆なりがあったら、いつ何時でも私のところへくること。それからまた、特に政治的の、意味のある意見や報道なりを耳にしたら、秘書の覚書を私のところへよこすように。かくの如き覚書は絶対の秘密が保たれ、私が大局を観測する上に極めて役に立つに違いない。特に彼らは私としては容易に近づくことの出来ない個人や階級に接触することが出来るのである。私はあらゆる色合いの議論が聞きたい。また私は一定の時間にきまった会議を開く習慣を持っていない。何故かというに、このような会議は、とかく強制的なものになりやすく、あまり役に立たないからである。それよりも私は何か特別に議論する問題が起こったとき、随時会議を招集する。たとえば一般情勢について国務省に打電する時とか、私が説明を求めたいある種の事件の進展についてとか。

式部官の一人、黒田伯爵来訪。明日の信任状奉呈について打ち合わせる。その後時事新報記者某氏来訪。満洲にいた人で、興味の深い会話を交わした。彼の話によると新「満州国」の日本人官吏は物事を日本政府の見地からみようとせず、また東京から支配されることを全くよろこばないのである。国際調査団はひどく慎重で、現在までどっちともその態度を明らかにしていない。

その後でAPの特派員バブがきた。私は日米協会での演説を新聞記者として批評してもらいたく、彼を招いたのである。特に私はこの草稿の中に、何か新聞が途方もなく拡大して取り上げるような性質の物があるかどうか、バブの意見が知りたかった。彼は注意深く読み、二、三大して重要ではない示唆を与えたが、それ以外何らの欠点はなく、よく出来ているといった。商務官のバッツもこれを読み、同じことを言った。ビンガムはいくつかの優れた提案をした。例えば日華紛争に対する米国の本当の態度とか、満洲とか、九国条約とか、円卓会議とか、フーヴァ・ドクトリンといったふうな、聴衆が心から聞きたがっていることは分っているが、さて新聞がそれを取り上げて、望ましからざる論評を議論するような問題を全く避けて、しかも演説に間を持たせるということは、実に難しい仕事である。日本における私の最初の演説で、聴衆の腹の中に無理やりに米国の政策を押し込んだところで何にもなりはしない。だが私は、米国が極東問題に関して持つ興味と関心が如何に一般的であるかははっきりいうつもりである。これは聴衆の心の中に、しっかりと沁みこむであろう。

日本の主要政治家の一人が、謁見に先立って私に会いたいと申し入れた。この人は私が去年彼が米国に行く前、天皇も日本国民もスティムソン氏が満洲事変の時発表した文書なるものは、スティムソン氏個人の意見であり、彼の発意によるものと考えていた。だが、米国から帰ったこの外交官は、事実はそうではなく、日本政府にあてた通牒は米国の世論、特に教会や教育機関や婦人団体からの圧力によってスティムソン氏がかいたものであることを天皇に報告した。これらの諸団体の感情、ならびに一般的世論は、いまだに人心を去らぬ大戦の記憶によって惹起されたのである。なお米国の態度には、また別の理由があった。即ち米国は国際連盟の生みの親であり。連盟に加入はしなかったが、ここに述べた米国の諸団体は連盟に対して道義的責任を感じ、そしてこの道義的責任感は米国の両肩に重荷を投げかけようとする欧州各国の態度によって、一層強いものとなった。スティムソン通牒はこのようにして、政治的よりも社会的の地位を基盤として持っていた。私に合いに来た政治家は天皇に向かって、米国の教会や大学は日本の皇室にも匹敵すべき大きな力をもっていると語った。彼はこの事実を、例えばヒューズ氏、クーリッジ氏、キャッスル氏、チャールズ・フランシス・アダムス氏、各大学の総長その他の名士に会って話し合い、それらのすべての人々が米国の世論については同様の意見を述べた。つまり彼はこれらの事実をたしかめたのである。

この日本の紳士は私が謁見に先立って、天皇がこの事実を知っておられることを承知していたら、役に立つだろうと思うといった。話の間にこの問題が出るかも知れず、また家内と皇后とお話している時、米国の婦人団体とその影響力とが話題になるかも知れないから、やはり知っていたほうが都合がよかろうとのことであった。

私は彼にこのことを話してくれた思慮の深さを感謝し、そして彼が米国の世論について天皇にお話したことはまったく正しいが、ただ米国民がこの問題について感じている道義的責任は、国際連盟よりも、むしろケロッグ・ブリアン協約と九国条約の方に重点があるのだと話した。

7時、ネヴィルを大使館邸に呼んだ。日本が恐らく早期に「満州国」を承認し、また内田伯爵を外務大臣に任命することが差し迫っていることを、国務省に打電したほうがいいと思ったからである。いま満州国を承認することについては、いろいろと相反する噂があるが、内田は陸軍大臣の荒木将軍と会談中であり、もし内田が外相の椅子をうけるとすれば、それは軍の完全な賛成によってであることは明らかである。

どんなことが起きるにせよ、一つのことは確実であり、それは軍部が明瞭に政府を動かしていて、軍部の賛成がなければ何事も出来ぬということである。