大使の仕事始まる

米国協会の会長と副会長のヘルツェルとテイト来訪。晩餐に招待したいが、いつきてくれるかとの話。ネヴィルはこの協会の晩餐会は秋までのばすことができるだろうといっていたが、そろそろ夏が来て米国人が東京を離れるので、その前にやりたいとのことで、私は7月1日とうことにした。また演説が一つ増えた。テイト氏は私たちのキャデラックが米国から到着するまでの乗用車として、大きな新しいリンカーンを提供してくれた。これは故犬養首相のために注文したのだが、引渡しが済む前に同氏は暗殺されたのである。

次に米国商業協会のハッバア氏が午餐会の招待にきた。演説もう一つ。これは大変なことである。米国協会、米国商業協会、アメリカン・スクール、日米協会の四つ以外に、日本のオリンピック選手団出発に臨んで演説を三つしなくてはならぬ。大使館での選手招待の時にフォックス社のムーヴィトーン、日本料理の壮行晩餐会、新聞社が主催する壮行会の時のラジオ放送。またまだ演説の注文はくるものと思う。ハッパアは日本の版画の鑑定家で蒐集家である、われわれが彼の蒐集を見たい希望をもっているので、近く一番いい品だけをそろえるといっていた。

松竹合名会社の社長である大谷竹次郎氏が、重役の三島氏を同伴して来訪した。大谷氏は日本における主要劇場のほとんどすべてを支配している人で、17日の金曜日に芝居見物に招きたいとの意向。われわれは招待に応じることにした。日本の劇ははじめてだから定めし面白いことだろう。大谷氏と入れかわってナショナル・シティ銀行の支配人、ウォウがきた。

正午、フランス大使ド・マルテルを訪問。知性的で、極東の一般情勢について長い話をしたが、しっかりとした意見を持っていることを感じた。同氏は長年中国で外交官生活をしていた。それから記帳のために宮中へ、次に秩父宮家へ。2時30分、斎藤子爵*1を、信任状捧呈後の最初の公式訪問。首相官邸は美しい庭のある堂々たる建物。ネヴィルや他の大使たちと既に話し合っているので、改めていうことはないが、専任外務大臣が極めて近いうちに任命されるだろうといった。3時、イタリイ大使訪問。実にきれいな庭の中に立っている実に醜い建物でこの一構えは大きな立ち木やくさむらで外界から完全に遮断されている。私はマヂョニ大使が即座に好きになり、ゆっくりと話しこんだ。彼もまた他の人々と同じくいつ何事が起きるか分からないといった。4時30分、ブラジル大使アマラル訪問。彼曰く「先日あなたの宮殿をお訪ねした時、あなたはそれをバンガロウといわれた。今日あなたは私のバンガロウにこられた。私はこれを宮殿と呼ばねばならぬ。」

ドイツ大使はいないからリンドレイが魚釣旅行から帰って来たら訪問する。それで私の公式大使館めぐりは終わるのだが、まだ公使と代理公使を招待し、それから彼を訪問しなくてはならぬ。ソ連と米国以外の外交使節団は32あるので、私は合計64回の訪問をする義務があり、しかもその一つ一つについてあらかじめ打ち合わせ、自分自身が行くのである。残酷なる刑罰とはこのことだろう。

大使というものは、このように、額に汗をして仕事にとりかかるのである。今日一日中での唯一の幕間は、昼飯前、東京倶楽部でネヴィル、大使館を立てた建築会社のレイモンド、それから倶楽部の会計主任秋本の三人と一緒にのんだコクテル一杯である。仕事がいつまでもこんなに多いものとすれば、私は毎日コクテルを必要とするだろう。

先日の会議で私が要求した館員からの機密情報は、ぼちぼちと提出されはじめた。意義のあるもの二、三の内容は次の通りである。

大使館での午餐の席上、某国大使館の参事官が、興味深いことをいった。日ソ両国が将来協力する可能性の方が戦争の可能性よりも大きいというのである。彼自身の、また恐らくは彼の大使館の考え方によると、日本に急進的は革命が起こるということは実現の可能性がないことではなく、国際政局の立場から見て、彼は日ソ両国が結んだ場合の勢力を危険なものとしている。

同じ報告者の話では、最近斎藤首相を暗殺せよというビラがまかれたそうである。彼の言葉によると、多数の人間が首相を追い回した。また彼は天皇に対して或る種の行動に出ることを−暗殺よりもむしろ皇室を京都に追い払うこと−を企てている分子があると信じる。彼は反動的な極端分子がこの前の内閣の無為無能を利用しようとしていることを感じ、あるいは何事も起こらぬかも知れぬが、また近い将来に爆発するかも知れないと言った。

また某大佐は次のように語った。

以前は金持ちの息子が兵隊にとられると、近衛兵にさせられるのが普通だった。何か面倒な事件が起こりそうな時には特にそうだった。しかし1932年には、農家の子弟たちがこのような任務につき、金満家の指定は特別にいい待遇を受けていない。これについて、彼はしっかりとした典拠を持っており、これを目して非常に意味の深いことだと信じる。なおまた三井が明らかに安全を欲し、社員の月給をあげたり、救急資金として多額の金額を寄附したりしていることも、大切な事実である。一体三井が吝嗇なやり方に反したことを行うのは、これは目新しいことなのであると。

*1:斎藤実子爵。総理大臣。