芸者の一晩
いやらしい、汗がベトベトする入梅の天候。書斎でシャツの袖をまくり上げて一日暮らした。
ヂョンソン大佐が、日本軍の高級将官とわが大使館員のほとんど全部とを紅葉館の芸者晩食に招いた。われわれは長い二列をなして畳の上に坐り、芸者たちは熱い酒をしきるに強い、結構な日本料理が次々に出された。一時間ばかりすると宴会は活気を呈し、二時間後には「ヨ・ヨ・エ」が盛んに行われ、それから儀礼的訪問が始まった。
「ヨ・ヨ・エ」遊戯というのは、次のようなものである。その時あなたに給仕している芸者(彼女らはしょっちゅう移動する)が遊戯を提唱するのだが、それは鋏の人が紙を切り、紙が石を包み、石が鋏をこわすという古い遊びで、もし彼女が勝てはあなたは彼女のために飲まねばならず、あなたが勝てば彼女はあなたのために飲まねばならぬのである。この有名なお茶屋の女の子たちは、ほかの家にいるのよりもずっと元気がよく、よく騒ぐ。
一方あなたの隣に坐っている御両所は、立て続けに乾杯を発議し、畳の上をすべってくる客人は一人一人の健康を祝して飲み、その次にはあなたがその返礼に廻る。それやこれやで、酒の盃は可愛らしく、ほんの僅かな酒しか入らないのだが、一晩中には随分多量の酒が消費される。私はこの一晩を徹底的に楽しんだが、次の朝何らの悪影響を受けない。もっとも多くの日本人がやるように、酒の上にウイスキーをやれば、別問題だ。日本の料理は衛生によく、消化しやすいから、これも助けになるのかも知れないし、熱い酒の湯気はすぐ発散してしまう。酒は確かに陽気だが決して騒々しくはなく、親密の上にも気品があり、礼儀正しく自制的な、元気で非常に面白い宴会の役に立つ。
料理の合間に日本の音楽と扇の舞があり、そしてほとんど三時間も床の上に坐っていたあとでわれわれが、しびれてきた脚の筋肉をのばしに立ち上がると、今度は蓄音機が持ち込まれ、芸者達は日本のダンスと同じ程度に西洋のダンスもうまいことを立証した。私の隣に坐った高橋提督は、もし国際会議がこのような雰囲気のなかで行われれば、協商成立をさまたげるものは何もあるまいという意見を述べた。私は同意した。