ナショナル・シティ銀行事件

今日はほとんど終日、ナショナル・シティ銀行事件で暮れた。この事件はその重大さは別として、実に馬鹿げたことなのである。このニューヨークに本店を持つ銀行が極東各地−中国、マニラ、シンガポール、もちろん日本も入っている−に散在する支店に、それらの都会の現代式建築の進歩を示す商業区域の写真を送れと命令した。ところが大阪の憲兵隊が突然銀行支店に、かくの如き写真をとるなと申し出て、引き続き、これは大阪ばかりでなく、全国の新聞が、煽情的な見出しをつけた何段にもわたる記事を揚げて、ナショナル・シティ銀行は戦争が起った場合、米国がかかる区域を爆撃するプランを建てるために、こんなふうな写真を(日本の法律や規則を正確に守ってやったのである)撮影したのだと攻撃した。表面的には実に馬鹿らしいことだというのは、こんな写真はどの店にも売っているのだし、横浜の日本商業会議所はつい先ごろ商業宣伝の目的で、同じような写真を何枚も入れたパンフレットを米国にばらまいた。銀行のやったことは、事実日本人の利益になることなのである。しかし毒薬は即座に効力を発揮した。すくなくとも一人の日本人行員は辞職し、全員辞職せよとの愛国団体からの脅迫状や訪問は続き、関係者や財産が害をうけることはないにしても、この銀行の名声と取引とが害されることは当然である。

白鳥は例によって新聞記者たちに相当誇大なことをしゃべった。私は昨日マキロイ大佐を陸軍省にやって、二三の高官に面会し、この銀行を攻撃から解放する意味の発表をすることを申し入れさせた。というのが、明らかにこの事件を起こした憲兵隊は、陸軍省に所管に属するからである。しかし陸軍省は単に面白がっただけで、本気にならなかったという。昨日、当銀行のカーティスは、有田に面会し、長い時間話し合った。有田は同情的に見えたが、公式声明を発表してくれないかというと、三分ばかりも黙ったあげく、最後に「君はそういうが、われわれとしては銀行のやったことが疑わしくないという証拠を、どうして確認することが出来るのか」といった。だが、新聞の運動はやみ、カーティスは私がこの問題について、何もする必要はないものと考えた。しかし今日カーティスは電話をかけてきて、大阪の新聞がまたしても激越な見出しで取扱いはじめ、ラジオは公然と放送し、愛国団体が面倒を起したと告げた。そこで私は内田伯爵を訪問し、この問題を彼に開陳することにきめた。